天龍寺
日本の世界遺産としての天龍寺の価値は、方丈西に広がる庭園にある。幾度も焼失を繰り返した境内で、唯一、造られた当時の姿を残す庭。造った人は夢窓疎石。鎌倉期から室町期にかけて活躍し、随一の名僧にして名作庭家といわれたカリスマ的禅僧である。疎石は作庭の際、背後の嵐山や亀山を、庭の風景の一部として取り入れた。いわゆる「借景」という手法だ。日本に借景式庭園は多いが、天龍寺の庭園はそのハシリ。
確かに、方丈の広縁に腰を下ろして庭を眺めていると、どこからが庭で、どこからが山かわからなくなってくる。
禅寺の庭というと、難しく考えてしまいがちだが、ここでは第一級の山水画のような美しさに単純に感動すればよい。眺めているうちに「心地よくて眠くなっちやった」というのも、庭園に対する立派な感想だ。
参考になるサイト
天龍寺
天龍寺<てんりゅうじ>
臨済宗天龍寺派大本山。禅僧、夢窓疎石のすすめで、足利尊氏が1339(暦応2)年に創建。後醍醐天
皇の菩提寺として、後嵯峨上皇の亀山離宮跡で造営が始まり、伽藍が整ったのは1343(康永2)年。後に150もの塔頭寺院を有し、京都五山の第一位の寺格を誇った。1864(元治元)年の禁門の変の際には長州藩の屯営となったため、放火を浴び炎上。
現在の伽藍は、明治時代以降に再建された。疎石の作庭とされる庭園は、国の史跡・特別名勝。
2008年12月 8日|
カテゴリー:古都京都の文化財

